2015年8月6日木曜日

住民票を訂正してもらいました!

【住民票を「台湾から転入」と訂正してもらいました!】 
 台湾人女性が「台湾は中国じゃない」と訴えていた問題、大阪市東住吉区は本日、女性の訴えを認め、住民票の「中華人民共和国台湾省から転入」との記述を「台湾から転入」に訂正しました。
 女性は「日本の皆さまありがとうございます。これからも台湾人として胸を張って生きていきたい」と語っています。
 この女性は、日本人と結婚、平成23年12月に台湾から息子を連れ帰りましたが、最近になってその息子の住民票をとったところ、「中華人民共和国台湾省から転入」と記入されているのを発見し、驚いて「台湾は中華人民共和国台湾省じゃない」と訴え出たものです。
 女性の訴えに区役所は当初、女性の届け出に従って記入したはずなどと釈明し、訂正を拒否しましたが、女性は「中国は大きらいなのに、中華人民共和国台湾省から転入などと届けるわけがない」と反論していました。
 しかし、その後、私どもの大阪市や法務省、総務省への問い合わせなどで、市は、すでに平成23年7月1日から、法改正に伴って、「国籍、地域」表記で「台湾」を認めるとする国(法務省)の方針に従って、「台湾」表記を認めるとの事務連絡を全区に行ったはずだということが分かりましたが、東住吉区ではそうした連絡を受けていないと語るなど矛盾していました。
 しかし、指摘を受けて、市は、先週末、改めて住民票の表記にあたって、「国、地域」として「台湾」を認めるとの事務連絡を全区に行い、これを受けて、東住吉区もついに女性の訴えを認めたものです。
 台北駐大阪経済文化弁事処(総領事館)の職員とともに本日、東住吉区役所を訪問したこの女性に、区役所は、「ご迷惑をかけました。なぜこうなったかについては現在調査中です」と語ったということです!
 この台湾の国籍表記の問題、大阪市ではこの女性に限らず、ずっと台湾を中華人民共和国とする表記が行われていた疑いがあります。区役所は、市にも今回のケースを報告する、同様なケースがあれば修正に応じるとは言ってますが、大阪市全体として調査されるかどうかは不明です。
 また、そもそも台湾の国籍表記をめぐっては、戸籍謄本の婚姻欄の国籍や、調理師免許など各種公文書で台湾ではなく、「中国」が使われています。戸籍謄本については、まだ、日本が中華民国を唯一の正統政府としていた昭和36年(1961)以来だそうです。しかし、とりあえず、この台湾女性の訴えが実を結んだことを喜びたいと思います。当然のこととはいえ、大阪市と東住吉区役所の結果的には速やかな対応にも感謝したいと思います。

Lin YenChun
大阪市 ·
今天去區役所更正了!
這一週來謝謝山際 澄夫樣、李登輝之友會、大阪駐日經濟文化辦事處、跟各位打氣聲援的台灣跟日本友人們。
謝謝大阪駐日經濟文化代表處的人員奔走、還陪我一起去更正。
謝謝日本朋友們要介紹大阪市議員陪我去更改
區役所表示他們會發出公文通知各區役所,如果有遇到同樣問題的朋友可以請區役所更正!
今日区役所に住民票を変更しました。
山際澄夫様
李登輝之友会の杉本様
大阪台湾経済文化弁事所の方々
台湾と日本の友人達の応援
🙇心より感謝を申し上げます。🙇
山際様から頂いたの言葉
「皆は台湾が大好きだから、皆は台湾のファンだから!」
台湾の事気に入れ頂いて、ありがとうございます。
私達も台湾人をとして、胸を張って、頑張ります。🙇
ありがとうございます。🙇


2015年8月5日水曜日

えっ、台湾が中華人民共和国台湾省?!

【大阪市は台湾人女性に謝罪し、全容を解明すべきだ!】  

 大阪市発行の住民票に、台湾からの転入が「中華人民共和国台湾省から転入」と記入されていたことが、日本人男性と結婚している台湾人女性の訴えで発覚しました。下の写真の通りです。
  これに対して、当初は、訂正できないとけんもほろろの対応だった市、区役所が、私どもの問い合わせで、態度を改め、近く、住民票を申請した台湾人女性が、区役所を再訪し表記を訂正してもらえることになりました。  
 当然、「台湾から転入」とされるものと思います。  
 実は、大阪市は、国名に関する国の通達に従って、平成23年7月1日以降、「台湾」表記を認めていて、今回、抗議、問い合わせを受けて、改めて、全区に対して、届け出者の意向に従って台湾表記を認めるよう事務連絡をしたのです。  
 この問題、台湾人女性の訴えに、フェースブックや、ツイッターが反応したものです。問題の拡散に協力してくれた皆さんのお陰です。ありがとうございます。また、速やかに動いてくれた大阪市にも感謝したいと思います。  
 しかし、なぜ、こんな間違いが記入されたのか。市と区の言い分はそれぞれ食い違っており、判然としません。  
 市は「平成23年7月1日から、法務省の法改正に伴う国からの通達で、届け出者の意向に従って台湾表記を認めている」としていましたが、区の担当者は「国籍に関しては、台湾の表記が認められていたが、転入欄については台湾とするような市からの事務連絡はなかった」として、転入欄はずっと、台湾を「中華人民共和国台湾省」と表記していたことを認めています。  
 恐ろしいことです。台湾は「中華人民共和国台湾省」ではありません。かつて国(法務省)も台湾を「中国(台湾)」と表記した時期があり、現在も使われているようですが、それは台湾当局が自らを「中華民国」と名乗っているためで、「中華人民共和国台湾省」というのは明らかな間違いです。
 確かに中華人民共和国は、大陸を統治する政権で、台湾を自国の領土と主張していますが、中華人民共和国が台湾を統治したことは一度もありませんし、我が国が台湾を中国領土と認めたことも一度もないからです。  
 ところが台湾は「中華自民共和国台湾省」などという記述がずっと行われていたというのです。これでは、台湾は中華人民共和国の領土であることを大阪市が勝手に認めたのも同然です。  
 しかも、区は、なぜこうなったかのかについて、「当時の資料(誰が住民票を作成したか等)も残っておらず、担当者も変わっている。行政にミスがあったということではない。その点はご理解下さい」と私に語るなど、台湾人に謝罪する考えはないようです。  
 しかし、そんな子供じみた言い訳が通用するはずはありません。  訂正は大きな前進ですが、祖国を中華人民共和国とされ、大きな屈辱を味わった台湾人の女性にきちんと謝罪、同時に、大阪市は、ほかにも似たケースがないか調査し全容を解明するのはあたりまえでしょう。  
 大阪市だけではありません、我が国には、政治家にもマスコミにも台湾を中国領だとする中国の宣伝を真に受けたような、誤解があります。
 しかし、「台湾は台湾、中国は中国」です。台湾は「価値観を共有する大切な友人」(安倍晋三首相)というなら、国(総務省、法務省)も、表記で台湾の方が嫌な思いをすることがないよう自治体をきちんと指導すべきです。

 
☆ツイッターやフェースブックで、台湾人の方から、下記のような沢山の訴えをいただきました。
調理師免許や船舶運転免許、また、戸籍にも「中国」と記入されているというのです。
 なぜ、こういう問題が生じるかというと、ひとつには、台湾政府が自らを「中華民国」としていることがあると思われます。日本政府はこれを略して中国としてきたと考えられます。
 法務省によりますと、間違いを避けるため、中国ではなく、「中国(台湾)」と国籍を表記したこともあるようです。しかし、平成23年ごろからは、日本政府(法務省)は国籍を「国籍、地域」として、「台湾」を認めるとの通達を都道府県や市町村に行っています。ところが、今回の大阪のケースは、通達が徹底されずに、よりによって「中華人民共和国台湾省」とされてしまっていたわけです。台湾が中華人民共和国であるはずはなく、今回のケースは明らかな行政の間違いですが、法務省などの説明によれば、ほかの地域でも台湾表記が認められる可能性はあると思います。古い戸籍などの訂正が認められるののかどうかは分かりませんが、疑問をお持ちの方は自治体などに問い合わせてはいかがでしょうか。

〇 「2年前に日本の料理学校で勉強して、卒業したら、こんな中国籍の調理師免許をいただいて、悲しかったです。それで、区役所の職員に聞いてもしょうがないですねって、ただのいらない紙の一枚だと感じますが、出身地を台湾に変えることが可能でしょうか、教えてください。よろしくお願いします。ちなみに、地域によって台湾と書かれた地域もあるようです。  日本で十何年住んで、どこにいっても中国籍と書かれてとても不快感を感じました。日本で初めて自分は台湾人ではなく、中国籍の中国人だあと認識をせざるをえないです。 たまたまあの大阪の記事をみて載せてみようと考えました。 大学の時、中国籍と書かれても中国人の奨学金を申請できず、学校側に聞いたら、あなたは台湾人ですから、無理ですって」


 〇じぇふ@台湾で暮らす日本人の生活ブログ
 「中華人民共和国台湾省は論外だから良かったですね。 でも戸籍謄本の妻の国籍は中国だし、子供の出生地は中国台湾省なんですよねー。中華民国だから仕方ないのかなぁ。」

2015年4月23日木曜日

バンドン会議について!

〇安倍総理がバンドン会議で演説しました。
〇ところで、首相が演説で「植民地支配と侵略」を詫びがなかったことをとやかくいうメディアが多いですが、今さら詫びる必要などまったくありません。スカルノが提唱した60年前の同会議で、日本は各国から「日本のお陰だ。日本が戦わなかったら我々はイギリス、フランス、オランダの植民地のままだった」と大歓迎されたと生前、加瀬俊一氏が語っていました。だがこうした事実は政治にもメディアにも学界にも無視されてきたのです。
〇小泉首相は10年前、バンドン会議で村山談話を引用する形で「わが国はかつて植民地支配と侵略によって多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた」として、「痛切なる反省と心からのお詫びの気持ち」を表明しましたが、これほど場違いなあいさつはなかったのです。  私がこの話を知ったのは、故名越二荒之助氏の著書からです。参考までにその内容をアップしておきます。 〈一九五五年(昭和三十)になると、インドネシアのバンドンでアジア・アフリカ二十九カ国が集まって、国際会議が開かれた。参加国は、戦後独立した国がほとんどで、「黄と黒の団結」と独立をアピールする会となった。この会はインドネシア(スカルノ大統領)の提唱で、コロンボ・グループと呼ばれたビルマ、セイロン、インド、インドネシア、パキスタンの五カ国が招請国となった。  参加国はそのほかに、アフガニスタン、カンボジア、中華人民共和国、エジプト、エチオピア、ゴールドコースト、イラン、イラク、日本、ヨルダン、ラオス、レバノン、リベリア、リビア、ネパール、フィリピン、サウジアラビア、スーダン、シリア、タイ、トルコ、ベトナム民主共和国、ベトナム共和国、イエメン、ほかにオブザーバーとして数カ国が加わった。  日本は高崎達之助経済審議庁長官を代表として十数名が参加したが、他国はいずれも元首、首相級が出席し、政府レベルの国際会議となった。出席者のなかには周恩来、インドのネール、エジプトのナセル等の顔もあった。加瀬俊一外務相参与(後に初代国連大使となる)は、外務大臣代理で出席したのだが、その時の模様を次のように語っている。  「この会議の主催者から、出席の案内が来た。日本政府は参加を躊躇していた。アメリカへの気兼ねもあったが、何分現地には反日感情が強いに違いない、と思っていた。私は強く出席を勧めて遂に参加が実現した。出てみるとアフリカからもアジアの各国からも『よく来てくれた』『日本のおかげだ』と大歓迎を受けた。日本があれだけの犠牲を払って戦わなかったら、我々はいまもイギリスやフランス、オランダの植民地のままだった。それにあの時出した『大東亜共同宣言』がよかった。大東亜戦争の目的を鮮明に打ち出してくれた。『アジア民族のための日本の勇戦とその意義を打ち出した大東亜共同宣言は歴史に輝く』と大変なもて方であった。やっぱり出席してよかった。日本が国連に加盟できたのもアジア、アフリカ諸国の熱烈な応援があったからだ。  ところがこのように評価されている大東亜戦争の勇戦や、大東亜会議の意義だが、日本のマスコミや学会では取り上げられない。この辺にも日本の歴史認識や外交の未熟さがあるように思われてならない」(平成6年7月22日、京都外国語大学における講演より)〉(『昭和の戦争記念館第5巻』展転社)  

※バンドン会議演説  http://www.asahi.com/articles/ASH4Q42C2H4QUTFK00F.html…  ※日中首脳会談  http://www.jiji.com/jc/zc?k=201504/2015042200696&g=pol