2014年4月15日火曜日
李登輝元総統は台湾民主化についてかく語った!(2004年のことです)
台湾の学生が24日間にわたって台湾国会(立法院)を占拠しました。サービス貿易協定の名を借りて台湾の主権が危機にさらされようとした土壇場で学生たちは台湾を守るために立ち上がったのだと思います。多くの台湾国民が学生を支持したことは学生の行動が間違ってなかったことを示しています。なかでも、李登輝元総統が「学生たちだって国家のことを考えている。学生が警察官に殴られているのをみると涙が出てくる」と占拠学生を終始、擁護していたのが印象的でした。李登輝氏は、台湾で総統直接選挙などの民主化を実現した人物です。李登輝氏がなぜ学生を支持したのか。台湾の民主化はどう実現されたのか。台湾の抱える問題点は何か。参考までに李登輝氏が、2004年に台北で日本語で行い、私がミニコミ紙に寄稿した講演録を再録します。
「日本の衰退はアジアの危機
日本人はもっと自国に誇りを!」
2004年10月30日-11月3日に台湾の李登輝前総統のシンクタンクが主宰する「第一回李登輝学校に参加した際に李登輝さんが語った内容をひとりでも多くの日本人にみてもらうためここに掲載します。李登輝さん(八二)は先ごろ訪日し、日本と台湾が歴史を共有していることを強く印象づけましたが、李登輝学校でも「将来の世界のリーダーになるのは武士道という道義の体系を持った日本しかない」と繰り返し表明しました。もちろん李登輝さんの最終的な目標は名実ともに台湾の独立が国際社会から認知されることにありますが、そのためにも日本人が、日本人であることにもっと誇りを持つように訴えているのです。
(ジャーナリスト 山際澄夫)
☆ 台湾は中国ではない
―李登輝さんが最初に強調したのは、自分たちは中国人ではなく、台湾人であるという事実でした。
○・・台湾は中国の一部で、台湾にいる人間を中国人とみている日本人が多いがそうじゃない。私たちは戦前から台湾に住んでいる台湾人だ。(注、人口二千三百万人のおよそ8割強は台湾人。一割強が戦後、蒋介石とともに大陸からやってきた外省人といわれる)ところが、困ったことに教育のせいで台湾人のなかにも自分たちは中国人と思っている人がいることです。
これが台湾のアイデンティティの問題です。例えば日本なら反日的といわれる左翼がいますが、その左翼もどこの国の人かと聞かれれば「日本人」と答えるだろうが、台湾人にお前は誰だと聞いて、「台湾人だ」と答える人がかつては少なかったのです。「中国人である」といったり、「中国人でもあり、台湾人でもある」といったりする。そこに台湾の歴史の特殊性があるのです。私はこれじゃあいけない、台湾人の台湾にならないといけないと思い続けてきたのです。
二〇〇四・三・二〇の総統選挙で陳水扁総統が再選を果たしたとき、私は「台湾のアイデンティティは五七%」といいましたが、これを七五%程度まで引き揚げたい。モーゼは四十年かかってイスラエルの民にアイデンティティを植えつけた。アメリカだってかつては、イギリス人だとか、フランス人だとか答えていたが、十九世紀、二十世紀になって、みんなアメリカ人だと答えるようになった。だから希望はある。
☆ 民主化は道半ば
―台湾の歴史は「外来政権」による台湾人支配の歴史。それを台湾人の手に取り戻すのが民主化であると指摘しました。
○・・私が総統になってすすめてきたのは本土化(台湾化)といわれるものです。一九九三年に司馬遼太郎さんに初めてあって、「台湾に生まれた悲哀」と言いましたが、実際、台湾の四百年の歴史は、すべて「外来政権」の歴史で、台湾人は一度も自分の政治をもてなかった。オランダ、スペイン、鄭氏政権、清、そして日本。それから私が総統だった中華民国、これも蒋介石ととともに大陸からやってきた外来政権なのです。一九四七年には、中国人政権による民族浄化ともいうべき「2・28」事件(注、台湾人民衆の反政府の抗議行動に警察が機銃掃射し多数を虐殺した事件)が起こっている。
その後も蒋介石政権の三十八年間の戒厳令下に政権側の白色テロ(注、2・28事件とあわせて犠牲者は三万人に達するといわれる)が続いた。しかも、今も中華民国体制は維持されている。
だから私は民主化を通じて台湾人による政治を実現しようとしたのです。中国は一九九六年、二〇〇〇年、二〇〇四年に行われた総統選挙に軍事演習などで干渉したが、台湾人はこれに屈しなかった。だが国会(立法院)はまだ、国民党が治めている。民主化は道半ばだ。私が今やっていることは①二〇〇七年までに台湾の憲法をつくる(制憲運動)、②国号を「中華民国」から「台湾」に変える(正名運動)―これによって「台湾人」だと答える人を七五%まで高めることを目標にしています。
☆ 台湾人のための憲法づくり
―中華民国憲法は台湾人のためのものじゃない。新しい憲法制定こそ台湾正常化への道といっています。
○・・日本の憲法と台湾の憲法は根本的に違います。日本の憲法は占領下の憲法だが、それでも憲法を日本のためにつくった。国会も通した。しかし、中華民国の憲法はそもそも台湾人のためにつくられたものではない。中華民国憲法が一九四六年に大陸で制定された当事、台湾は法的には中国の領土でもなかった。中華民国は一九一二年に辛亥革命で誕生し、大清帝国を継承しましたが、そのとき、台湾は日本の領土でした。一九四五年にマッカーサーの命令に従い中華民国は台湾を軍事占領しましたが、国際法上の領土移転ではありませんでした。その後、中華民国は内戦に敗れ、一九四九年に蒋介石政権は台湾に逃れて、中華民国の看板を維持してそのまま中華民国憲法を使った。戒厳令でその憲法ですら停止され、総統も選挙はなく、国会議員も万年議員だった。私は一九九一年に万年議員にやめてもらって、一九九五年に総統は人民選挙とすることにした。 憲法は都合6回修正した。しかし、それでも不都合なので台湾人の憲法につくりかえるのが憲法制定の国民運動です。
台湾の政治は変わっても司法や教育の中身は変わっていない。人の心も変わっていない。これをただす。よく「現状維持」といいますが、それは現実から逃避するための無責任な意見です。
☆ 「中華民国は消滅した」
―台湾の国号は中華民国。つまり「中国」です。だが、それは虚構であって、最早、「中華民国は消滅した」と主張しました。
○・・中華民国は虚構の上に成り立って
います。大陸を追われたときに事実上、消滅していたのです。ところが台湾にあるのに憲法はモンゴルからチベットまでを領土と主張している。従って教育も台湾ではなくて大陸の歴史を教えてきた。
そして台湾にとっては、台湾が中華民国、つまり「中国」を名乗る限り、国際社会にも復帰できないし、中華人民共和国に「中国の一部」だという侵略の口実を与えることになる。日本だって、台湾が中国に併呑される危機にあっても中国の内政だといわれて手も足もでない。これではだめだというのが私の考えです。私は中華民国が虚構であることは最初から分かっていた。わかったうえで中華民国の総統として我慢して、台湾人の民主政治をやることを意図してやってきた。だからこれからは新たな憲法制定をめざす。新たな国を樹立する。そのためにもアイデンティティを75%までもっていくことが大切なのです。
中華民国の総統が自分をたたくわけにはいかないだろう。だから陳水扁総統は黙っていてもいい。この運動は政府がやるのではない。人民である我々がやる。私が憲法制定連盟で代表になったのはこれが最後の仕事だと思っているからです。私にはあと十年の時間があります。
☆ 「タイワニーズ YES!」
―台湾の正名運動には二百五十万人が結集して人間の鎖をつくりました。
○・・中国の併合という野望をあきらめさせるためにも中華民国の神話は終わりにしなくてはならない。そう思って始めた正名運動に最初十五万人が集まった。そしてしばらくして、二十五万人が集まった。さらに二〇〇四年の総統選前の2・28記念日には二百五十万人が集まって南北に「人間の鎖」をつくった。
人間の鎖は、人間の鎖の本家のバルト3国(注、旧ソ連から弾圧を受けながらも独立。台湾独立運動家らとの交流が深い)よりもっと素晴らしい盛り上がりだった。私たちは台湾の若者を教育し、教えることで人々に覚醒してもらう。どんどん教え込んでわかってもらう。恐怖ではなくて、教え込む。これ以上、中華民国の軍事占領を続けているわけにはいかない。中華民国は国際法上、台湾を占領しているだけだ。位牌をもって逃げてきただけだ。
(注、「人間の鎖」は、人々が一列に並んで手をつなぐもので、北部の基隆から台北、台中、高雄を経て最南端の屏東までつながった。陳水篇と李登輝の現前総統は中西部で合流し、それぞれ「手をつないで台湾を守り、民主の長城を作ろう」、「人民の力こそ台湾の希望だ」と演説した。参加者は、「チャイニーズ NO!」「タイワニーズ YES!」と叫んだ)
☆ 中国の主張は「強盗の論理」
―「中国を刺激するな」というのは強盗のいうことを聞けといっているに等しいと批判しました。
○・・アジアに危機をもたらしているのは中国です。国際社会でも台湾を支持するな、台湾が主権独立国家であることを認めるなと各国に圧力をかけていますが、これは「中国の武力行使に反対するな」といっているのと同じです。台湾に対しても独立したら戦争だという。さらに二〇〇〇年の「台湾白書」では「統一を拒んだら即戦争だ」というまでにエスカレートさせました。つまり「降伏しなければ攻撃するぞ」ということです。中国の主張は善良な人々から財産を強奪することを正当化する、いわば強盗の主張です。
中国の横暴な態度は国際社会でも反発を受けてはいますが、しかし肝心の台湾人民が「ひとつの中国」を掲げる中華民国体制を放棄せず、台中問題を内政問題と認めているのですから、各国もどう対処していいかわからなくなる。日本などもそうですが、武力で脅迫する中国には自制を求めず、逆に脅迫されている台湾に「中国を刺激するな」と要求するおかしな事態になっている。これではまるで小市民に「強盗のいうことを聞け」といっているようなものです。第二次世界大戦前夜にチェンバレンがヒットラーに妥協したことが、反って戦争を引き起こしたことを思い出さずにはいられません。だが、その一方でこのような倒錯的な状況をもたらしているもう一方の原因が「中華民国」であるのです。
☆ 急務の日台安全保障対話
―中国は「版図」と「領土」を取り違えている領土的野心旺盛な国。やがて沖縄も中国の一部と言い出しかねないと注意を喚起しました。
○・・中国は、大清帝国の領土はすべて中国の領土だという。イタリアがローマ帝国の版図を自分の領土だというようなものです。そんなこといっても誰も国際社会は相手にしないでしょう。だが、中国の主張はそうだ。私たちは中国の歴史観を知る必要があります。中国は今、尖閣諸島は自分のものだと言っている。次は琉球(沖縄)、そして朝鮮半島、やがて日本も中国の一部だといいはじめても不思議ではない。中国は太平洋に出て行く道をみつけようとしている。日中の武力衝突もあるかも知れないし、日本を押さえて米国と対立することになるかも知れない。
中国が万が一台湾を取得すればどのような事態になるでしょうか。台湾海峡は一日四百艘もの日本の貨物船が往来しています。その日本の海上輸送路を完全に扼することになります。逆に言えば台湾は、中国の軍事膨張を阻止する最大の拠点でもある。だからこそ中国はどうしても台湾を落としたいのですが、このように台湾が中国と切り離されている状態にあることは、地域の安定にも役立っている。この状態を今後も維持するためには、やはり台湾が正常国家になるしかない。そのときに本当の意味での「現状維持」も可能になるでしょう。台日両国はアジアでもっとも民主的な国どうしです。また、ともに海洋国家として一緒になって東アジアの平和と安定を守る必要があります。そのために今必要なことは台湾と日本の安全保障対話です。
☆ 中国に民主化は不可能
―チベット、新疆ウイグルなどを抑圧する中国に、民主主義など不可能、もし民主主義というなら分裂は不可避だと語りました。
○・・胡錦涛(主席)さんは一見、善良そうに見える。だが、中国の民主化は不可能だ。
民主化をやる気なら中国は七つぐらいに分割しないと無理だろう。分けて、競争すればいいが独裁者の頭をどう変えるかが問題だ。だいたい中国では人民はなにも知らない。天安門事件のとき私たちがどうしたか知っていますか?地方では北京でなにが起こっているか知らなかった。だから、台湾は、地方にファックスで、北京でこんなひどいことが起こっていると知らせた。中国大陸では毎日事件が起こっている。中国では人民の四%の人がエンジョイしている(豊かな生活を享受している)だけだ。人民になぜそうなっているかを知らせなければならない。
☆ 台湾の苦難を忘れた日本外交
―かつての祖国日本は、今は遠い国のような気がすると李登輝さんはいいます。
○・・台湾と日本との関係は、歴史的にみても、地理的にみても、あるいは安全保障や経済の面からみても、さらには両国民の感情の面からみても類例がないほど深いものがあります。しかし残念ながら両国の戦後の国家関係は非常に不正常です。確かに民間交流はとても盛んに行われていますが、政府間では関係というものがありません。正式な国家関係が打ち立てられないのはなぜかといえば最大の原因は「中国」です。この中国は何かといえば「中華人民共和国」と、「中華民国」です。
日本は一九七二年(昭和四十七)に中華人民共和国と国交を結びましたが、それ以前は中華民国を承認していました。しかし、中華民国は、大陸から台湾にやってきて台湾人を迫害したのですから、台湾人は忘れられた存在でした。日本人は蒋介石の「以徳報怨」にすっかりだまされたのです。しかし、蒋介石は賠償をとらなかったというが、在外の日本人の財産は全部奪われたわけだからそのことをはっきりさせなきゃあなりません。
日本が中華人民共和国と国交を樹立したことは何も異議はありません。日本としても仕方なかったかもしれない。だが、ひとつの中国という、中国の主張に「理解を示す」といったのは、余計なことじゃないか。もともと、マッカーサーの命を受けて、蒋介石は、台湾に軍をすすめたが、それは軍事占領に過ぎない。台湾は日本の統治があって、近代的でまともな国になった。それがいきなり、中国大陸に戻ったのはつらかった。日本は台湾人の苦難を忘れてしまった。忘れたのはいいが、ひとつの中国を理解するというのは受け入れられない。日本でも人権をいうひとが多いが人権というなら、台湾人の人権を考えて欲しい。
日本政府は、かつては蒋介石政権とつき合い、現在は中共政権とつきあっているが、どちらの独裁政権も全中国を代表すると強弁し、台湾人民の生命、財産を脅かしてきた連中です。これらを黙認してきたことは日本政府の道徳上の汚点とはいえないでしょうか。
☆ 台湾は日本の生命線
―北朝鮮との国交樹立に真剣で台湾のことは忘れているとの言葉に実感がこもりました。
○・・それに日本は拉致までする北朝鮮との国交樹立にばかり一生懸命になって、世界でもっとも友好国家である台湾のことは忘れています。歴史的にも地理的にも感情的にも関係は深い。もっとも親中的な橋本内閣ですら、周辺有事が問題になったときに、台湾海峡のことに触れざるをえなかった、それほど深い関係なのです。ほんとうに日本と台湾の間は百キロもないのです。一九九六年の総統選挙に干渉した中国のミサイルは与那国島と台湾の間に落下しました。
それなのに現実は遠い国のような気がする。 日本の国民は日本政府と明らかに態度は違います。大勢の日本人は歴史への感情や国益の観点から、台湾が日本の生命線であることを理解しています。しかし政策の上では台湾はまったく無視されています。
☆ 武士道は世界の財産
―李登輝さんは将来の世界のリーダーは日本しかないといいます。しかし、現在の日本は誇るべき伝統的な価値観を否定していると率直に批判しました。
○・・日本の外務省の役人は国益よりも個人の地位保全が重要なのだろう。奉天(今の瀋陽)の総領事館であれだけひどいことをされても黙り込んでいる(注、二〇〇二・六 脱北者の駆け込み事件)。やっかいなことには蓋なのであろう。日本には虚無感が漂っている。政治の衰退、官僚の衰退。だがこれは困ったことだ。日本の衰退はアジアの危機につながる。だから私は、「武士道解題」(小学館)を書いたのです。武士道こそ日本の最高の道徳規範であり、世界の財産でもあるからです。皆さん、武士道を忘れちゃあいけませんよ。
武士道は「公に奉じる精神」です。将来の世界は、こういう道徳のある国、道義の体系を持つ国、信用される国がリーダーになるべきだ。それは武士道を持った日本しかないのです。これに対して、一番嘘つきなのが中国だ。
ですから日本人は一刻も早く戦後の自虐的価値観から解放されなければならないと思うのです。そのためには日本人はもっと自信と信念を持つことです。かつて「武士道」を築き上げた民族の血を引いていることを誇るべきなのです。
☆ 東京裁判史観を信奉する日本人
―李登輝さんは自国の伝統を尊重できない人間に国益を守ろうという気概は出てこないと警告しました。
○・・日本が台湾を無視するのは、はっきりいえば日本の政策は、日本の国益ではなく中国の国益を追求しているからです。戦後の日本社会は、敗戦のショックと東京裁判史観の影響で、戦前の体制だけではなく、伝統的な価値観まで否定する風潮に包まれました。この思潮は教育やメディアを通じて国民の間に広まり、反日思想を醸成しました。このようなものが教育界、文化界、政界、官界に根づいてしまっていることこそ、日本にとっては最大の危機であるといっても過言ではありません。
これでは若い世代は自分の国を愛することなど出来ません。現在、日本で虚無感が漂っているのもそのためでしょう。政治家や官僚に国益を守ろうという気概がないのも同じことです。私はこうした現状を非常に心配しています。日本の衰退は自由主義国家、平和愛好国家、または、伝統的価値観の衰退につながるからです。
☆ 台湾にも「反台」思想 ―台湾の精神状況は、日本と似ていると李登輝さんはいいます。
○・・日本と同じような危機的な状況は台湾にもみられるのです。戦後の台湾は蒋介石政権の高圧的な軍事独裁下に置かれました。「2・28」事件では、多くのエリートが虐殺されましたが、それはまさしく中国人政権による文化、思想上の民族浄化政策だったのです。台湾人は全く理解できない北京語を押し付けられ、日本時代に日本語の近代教育によって育まれた知識や教養は一夜にして無用の長物になりました。それどころか、それまでの価値観、文化、知識は日本の奴隷化教育による敵国思想の産物だとして否定されたわけです。こうしたことが台湾の戦後社会に価値観の混乱や倒錯をもたらしたのです。実際、戒厳令のときには中華民国を批判するような話をすれば自宅に帰れなかった。
そのうえ中国式の中国人教育が行われ、反日・反台思想が植えつけられてきたわけですから、台湾のアイデンティティは失われてしまいます。戦後教育をまともに受けたいまの五十歳代が一番悪い。ですから私は総統を辞めてから台湾の歴史の本を八冊もつくったほどです。大切なのは教育です。もっとも最近になって、台湾も日本と同じように自国の歴史、文化を見直そうという傾向が出てきたことはとても喜ばしいことです。
☆ 最後に問われるのは人間の魂
―リーダーとして心がける大事なこととして李登輝さんはこんな発言をしました。
○・・リーダーとして一番心がけてきたことは、ますは信仰です。主観、客観を超えて神様がいるということです。それに公義の精神。伝統的な文化、考え方というものもいつも持っていなければならない。そして最後は人間の魂じゃないか。
(※日本語で行われた講義、あいさつ、質疑をひとつにまとめたものです。李登輝学校の問い合わせは「日本李登輝友の会」へ 電話03-5211-8838 http://www.ritouki.jp/)
=上の文章は漁火新聞2005・2月号に掲載したものです。
2014年2月22日土曜日
2月22日は竹島の日!
2月22日は「竹島の日」です。政府は今年も県主催式典に政務官を派遣するようですが、領土担当相がいながら政務官とは、竹島を不法占拠する韓国に配慮したのでしょうか。自民党の総選挙の公約が竹島の日を、建国記念日、主権回復記念日ととともに政府主催の式典にするということでしたから、残念といわざるを得ません。実は、「竹島の日」も、地元住民の運動に島根県議の有志が呼応して条例制定に至ったもので、当時の政府や国会議員、マスメディアは一貫して冷淡でした。以下は、『VOICE』(平成17年6月号)に寄稿した「竹島の日」制定の経緯です。
2014年2月10日月曜日
都知事選が終わりました!
(1月12日秋葉原)
「僕たちの都知事選!」
みなさん、こんにちは。都知事選は#田母神としお さんの支持者にとっては大変残念な結果に終わりました。田母神さんに投じられた都民の票は生かされなかったわけで、私たちの応援も空振りでした。田母神さんへの投票を煽るだけ煽った私など責任を痛感します。
しかし、田母神さんの応援は、もともと誰に頼まれたわけでもなく、田母神さんの立候補を聞いた後で勝手に参加したものでした。それが東京都のためであり、日本のためになると信じたからです。頼まれるどころか、応援しながら、「...応援させてくれてありがとう」と自然に感謝の思いにさせてくれたのが今回の都知事選でした。
おそらく全国のタモちゃんファンの皆さんも同じ気持ちだったのではないでしょうか。こんな感動を味わわさせてくれた選挙はあるものではありません。
何しろ田母神さんは、「日本はいい国だ。侵略国家じゃない」との論文を書いて、マスコミや政治家に攻撃され、それでも説を曲げずに航空幕僚長を解任されたすごい人なのです。この田母神さんに対しては、安倍晋三首相ですら、元首相時代に、ある会合で三島由紀夫の辞世の句「益荒男(ますらお)がたばさむ太刀の鞘鳴(さやな)りに幾とせ耐へて今日の初霜」を引用して励ましたことがあるぐらいです。
そのタモちゃんを私たちは今回、選挙で初めて応援することが出来たわけです。「田母神祭り」(ツイッターデモ)などで、どれだけ多くの人が「都民でないのが残念だ」「こんなに都知事選が気になったのは初めでです」と書きこんでいたことでしょうか。
何よりタモちゃんの訴えは、我々日本人への応援歌だったのではないでしょうか。拉致事件があっても知らん顔、尖閣侵略や、「慰安婦」のウソにも怒ることすら出来ない日本に対する叱咤激励です。タモちゃんは、選挙戦を靖国参拝から始めました。そして日本のプライドを取り戻す教育を訴え、外国人参政権への明確な反対を表明しました。そして、胸には常にブルーリボンバッジ。タブーを恐れず原発の再稼働も訴えたのもタモちゃんだけでした。
『永遠のゼロ』の百田尚樹さんが、NHK経営委員のリスクを恐れずにわざわざ関西から駆け付けて、新宿、有楽町、秋葉原で演説してくれたのも、そのタモちゃんにほれ込んだからです。百田さんは「田母神さんは漢(おとこ)だ」と何度も言っていました。
私は、ある時期からは当落を占うよりも(もちろん当選を信じてはいましたが)、全国にこれだけ国を思う仲間がいるのかということに感動していました。ツイッターデモなどを通じて多くの人々の情熱に触れることが出来たからです。
タモちゃんが、秋葉原の雪のなかでの最後の演説で、「日本が大好きだ。東京が大好きです。私を都知事にしてください」と、絶叫したとき感動はピークに達しました。
タモちゃんの訴えは決して無駄ではなかったと信じます。ネットを通じた 田母神支援は大きなうねりとなりました。私どもが行った一回目のツイデモはRTを含めて3万件の書き込みがありました、またニコ生中継と同時実施となったファイナルは一万件以上の書き込みがありました。そして選対が行ったニコナマ中継では10万人の視聴者があり、5万件の書き込みがあったといいます。他の陣営では考えられないことです。
実際の選挙運動でも、街頭宣伝、チラシのポスティングはボランティアによるものでした。その多くはネットから飛び出した私たちの仲間たちです。ポスティングが活発に行われるようになったのは尖閣事件当時からですが、今回は、ポスティング情報をネット上で共有して、そこに1000組以上が登録して自主的に活動したのです。
これが「僕たちの都知事選」でした。
ただ、それにもかかわらず、結果がこうなったにはもちろん真剣な反省も必要だと思います。特に保守の代表選手の立候補に関わらず、安倍首相以下の賛同を得られなかったこと。また保守派の言論人がこぞって参加していたといえないこと。そうしたことが広がりを欠くことにつながった印象もあります。しかし、それ以上に得たものが大きかった。またやりましょう!
「僕たちの都知事選!」
みなさん、こんにちは。都知事選は#田母神としお さんの支持者にとっては大変残念な結果に終わりました。田母神さんに投じられた都民の票は生かされなかったわけで、私たちの応援も空振りでした。田母神さんへの投票を煽るだけ煽った私など責任を痛感します。
しかし、田母神さんの応援は、もともと誰に頼まれたわけでもなく、田母神さんの立候補を聞いた後で勝手に参加したものでした。それが東京都のためであり、日本のためになると信じたからです。頼まれるどころか、応援しながら、「...応援させてくれてありがとう」と自然に感謝の思いにさせてくれたのが今回の都知事選でした。
おそらく全国のタモちゃんファンの皆さんも同じ気持ちだったのではないでしょうか。こんな感動を味わわさせてくれた選挙はあるものではありません。
何しろ田母神さんは、「日本はいい国だ。侵略国家じゃない」との論文を書いて、マスコミや政治家に攻撃され、それでも説を曲げずに航空幕僚長を解任されたすごい人なのです。この田母神さんに対しては、安倍晋三首相ですら、元首相時代に、ある会合で三島由紀夫の辞世の句「益荒男(ますらお)がたばさむ太刀の鞘鳴(さやな)りに幾とせ耐へて今日の初霜」を引用して励ましたことがあるぐらいです。
そのタモちゃんを私たちは今回、選挙で初めて応援することが出来たわけです。「田母神祭り」(ツイッターデモ)などで、どれだけ多くの人が「都民でないのが残念だ」「こんなに都知事選が気になったのは初めでです」と書きこんでいたことでしょうか。
何よりタモちゃんの訴えは、我々日本人への応援歌だったのではないでしょうか。拉致事件があっても知らん顔、尖閣侵略や、「慰安婦」のウソにも怒ることすら出来ない日本に対する叱咤激励です。タモちゃんは、選挙戦を靖国参拝から始めました。そして日本のプライドを取り戻す教育を訴え、外国人参政権への明確な反対を表明しました。そして、胸には常にブルーリボンバッジ。タブーを恐れず原発の再稼働も訴えたのもタモちゃんだけでした。
『永遠のゼロ』の百田尚樹さんが、NHK経営委員のリスクを恐れずにわざわざ関西から駆け付けて、新宿、有楽町、秋葉原で演説してくれたのも、そのタモちゃんにほれ込んだからです。百田さんは「田母神さんは漢(おとこ)だ」と何度も言っていました。
私は、ある時期からは当落を占うよりも(もちろん当選を信じてはいましたが)、全国にこれだけ国を思う仲間がいるのかということに感動していました。ツイッターデモなどを通じて多くの人々の情熱に触れることが出来たからです。
タモちゃんが、秋葉原の雪のなかでの最後の演説で、「日本が大好きだ。東京が大好きです。私を都知事にしてください」と、絶叫したとき感動はピークに達しました。
タモちゃんの訴えは決して無駄ではなかったと信じます。ネットを通じた 田母神支援は大きなうねりとなりました。私どもが行った一回目のツイデモはRTを含めて3万件の書き込みがありました、またニコ生中継と同時実施となったファイナルは一万件以上の書き込みがありました。そして選対が行ったニコナマ中継では10万人の視聴者があり、5万件の書き込みがあったといいます。他の陣営では考えられないことです。
実際の選挙運動でも、街頭宣伝、チラシのポスティングはボランティアによるものでした。その多くはネットから飛び出した私たちの仲間たちです。ポスティングが活発に行われるようになったのは尖閣事件当時からですが、今回は、ポスティング情報をネット上で共有して、そこに1000組以上が登録して自主的に活動したのです。
これが「僕たちの都知事選」でした。
ただ、それにもかかわらず、結果がこうなったにはもちろん真剣な反省も必要だと思います。特に保守の代表選手の立候補に関わらず、安倍首相以下の賛同を得られなかったこと。また保守派の言論人がこぞって参加していたといえないこと。そうしたことが広がりを欠くことにつながった印象もあります。しかし、それ以上に得たものが大きかった。またやりましょう!
田母神祭り(ツイッターデモ)の記録です!(書き込みのまとめはありません。)
※今日、朝から自宅前の道路の雪かきをしました。信じられないことに8日の雪で我が家の付近は40センチの積雪がありました。車も出られず、汗をかきました。
※今日、朝から自宅前の道路の雪かきをしました。信じられないことに8日の雪で我が家の付近は40センチの積雪がありました。車も出られず、汗をかきました。
2014年1月28日火曜日
NHK籾井勝人会長の「慰安婦」発言!
〇1月25日のNHK籾井勝人会長の「慰安婦」発言についての私のツイート!
山際澄夫@yamagiwasumio
【拡散希望!】NHK籾井勝人会長をひっかけたマスメディアの醜態!籾井氏は間違ったことは言っていない。それを朝日や毎日は「公共放送のトップとして資質に疑問」「政治的中立を疑われかねない」などと報じた。まるで中国や韓国のスパイのようです。>http://www.youtube.com/watch?v=HJtzKhu_NM8 …
zairo2013さんが文字おこしをしてくれました!
(タイムスタンプ入りバージョンです (1:12) と書いてあればその辺りに
となってます。
記者 先程からNHKと政府との距離についてご発言されてると思うんですが、
思い出すのは10年程少し前にあった、ETV2001の問題を思いだすんですけれども
ええ籾会長最近も、慰安婦をめぐる問題については日韓間日米間の間で
色々取り沙汰されております。ところがETV以来番組はNHKにおいてきちっとものが、
制作されておりませんけれども、慰安婦問題については、会長ご自身はどのように
お考えでしょうか?
----------
会長
こらちょっとコメントを控えては駄目ですか?
あの~いわゆるね、そういうふうな、戦時慰安婦ですよね、えー戦時だからいいとか悪いとか
言うつもりは毛頭ないんですが、まあこのへんの問題はよくご存知でしょう
どこの国にもあったことですよね?違います?(1:12)
記者 それで質問してるんですが
会長 ええ?
記者 籾井会長がそしたら、あのー 改めてお考えすることがあればお尋ねしたいと思います。
会長
まあこちらから質問ですけど、韓国だけにあった事だとお思いですか?(1:49)
記者 いいえ すべて あのどこの国でもと言うと、全ての国というと
会長 いやいやそれは戦争してる(1:56その)戦争地域ってことですよ。
記者 ではどこにもあったと?
会長 あったと思いますね僕は、
記者 何か証拠は?
会長 え?(2:02)
記者 何か証拠があっておっしゃってるの?でしょうか?すべての国ていうとそのまあ色々ないくつかの国でそういうことはあるとおもうんですけども(2:10)
会長 まあ問題はこれ以上問題は深入りするのは辞めたいと思います。いいですか?(2:13)慰安婦そのものがいいか悪いか言われれば、今のモラルでは悪いんです。ね?(2:21)で、じゃあ従軍慰安婦はどうだったかと言われると、これはその時の現実としてあったということなんですよ(、私は従軍慰安婦がいいとはいってないですよ。(2:33)正しいことは二つに分けないと
記者 勿論解かります わかるけどその~
会長 正しいことは二つに分けないと、話ははややこしいですよ
記者 もちろんわかってる 解ってるんですけど(2:40)
会長 じゃあほんとに従軍慰安婦がね、あの韓国だけにあって、
他になかったという証拠がありますか?、そんなことはありえないじゃないですか
記者 だから他の国にもあったということと、どこの国にもあったということは
けっこう違うと思うんですけれども(2:53)
会長 いやいやそんな言葉尻捉えても駄目ですよ、そんなのはねえ貴方、じゃあ行って行って調べてご覧なさいよ、あったはずですよ あったんですよ現実に。
記者 どこの~
会長 無いという証拠もないでしょう?議論するつもりはないけど(3:09)
やっぱりそれでねえ やっぱり従軍慰安婦の問題を色々云々されるとですねえ
やっぱりこれはちょっとおかしいんじゃないかなという気がしますよ、私別に従軍慰安婦良いと行ってないですよ!
記者 判ってます判ってます。
会長 しかしどう思われます?日本だけがやってたように言われて(3:26)
記者 まあ、そのようするに 他の国にもあったということ、どこの国にもあったということというのはあのどこの国にもすべての国にもあったと取られても
会長 戦争しているどこの国にもあったでしょう?ということですよ。じゃあドイツにありませんでした か?3:37 フランスにありませんでしたか?な事無いでしょう?(3:41)ヨーロッパどこだってあったでしょう?じゃあ何故オランダに今頃まだ、飾り窓が有るんですか?
記者分かりました
会長 議論するつもりはありませんが、私がどこでもあったといったのは、世界中くまなくどこでもあったといってるんじゃなくて、戦争してるとこではだいたいそういうものはつきものだったわけですよ。ね?(4:09)証拠があるかと言われたけれども逆に僕はなかったという証拠どこに有るんだと聞きたいぐらいね、
だからこの問題はねえ(4:17)あの僕が一番不満なのは、今韓国がやっているこ
とで一番不満なのは、ここまで言うのは会長として言い過ぎですから、会長の職はさておき、さておきですよこれ忘れないで下さいね、あの韓国は日本だけが強制連行したみたいなこと言ってるから話がややこしいんです、ねえ、だからお金よこせと言ってる訳ですよ、(4:44
保証しろと言ってるわけ、しかしそういうことは全て、日韓条約で全て解決してるわけですよ国際的には、ねえ、解決してるんですよ、それを何故蒸し返されるんですかと、おかしいでしょう?と思いますよ僕は。(5:07
記者 あのいまんとこですけど、あの会長としての職はさておいてといいますけど
ここ会長会見の場なんで、
会長 失礼しました。ッじゃあ全部取り消します。
記者 あのお いやいや 取り消せないですよもう おっしゃったら
会長 いやいや 発表したいんですよ私は、寝、あれだけしつこく質問されたから、私は答えなきゃいかんと思って答えましたが、会長としては答えられませんので、「会長としてはさておき」とこういったわけなんです。
それが会長会見だってだからとりけしますとこういって、とりけせないとおっしゃったら、じゃあさておき、私のさておきはどうなるんですか?そんなこと言ったらまともな会話ができない。じゃあそれノーメントです、ノーメントですといったらそれですんじゃうんじゃないですか、それでいいんでしょうか、いいならそれでいいですよ、今後。
となってます。
記者 先程からNHKと政府との距離についてご発言されてると思うんですが、
思い出すのは10年程少し前にあった、ETV2001の問題を思いだすんですけれども
ええ籾会長最近も、慰安婦をめぐる問題については日韓間日米間の間で
色々取り沙汰されております。ところがETV以来番組はNHKにおいてきちっとものが、
制作されておりませんけれども、慰安婦問題については、会長ご自身はどのように
お考えでしょうか?
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会長
こらちょっとコメントを控えては駄目ですか?
あの~いわゆるね、そういうふうな、戦時慰安婦ですよね、えー戦時だからいいとか悪いとか
言うつもりは毛頭ないんですが、まあこのへんの問題はよくご存知でしょう
どこの国にもあったことですよね?違います?(1:12)
記者 それで質問してるんですが
会長 ええ?
記者 籾井会長がそしたら、あのー 改めてお考えすることがあればお尋ねしたいと思います。
会長
まあこちらから質問ですけど、韓国だけにあった事だとお思いですか?(1:49)
記者 いいえ すべて あのどこの国でもと言うと、全ての国というと
会長 いやいやそれは戦争してる(1:56その)戦争地域ってことですよ。
記者 ではどこにもあったと?
会長 あったと思いますね僕は、
記者 何か証拠は?
会長 え?(2:02)
記者 何か証拠があっておっしゃってるの?でしょうか?すべての国ていうとそのまあ色々ないくつかの国でそういうことはあるとおもうんですけども(2:10)
会長 まあ問題はこれ以上問題は深入りするのは辞めたいと思います。いいですか?(2:13)慰安婦そのものがいいか悪いか言われれば、今のモラルでは悪いんです。ね?(2:21)で、じゃあ従軍慰安婦はどうだったかと言われると、これはその時の現実としてあったということなんですよ(、私は従軍慰安婦がいいとはいってないですよ。(2:33)正しいことは二つに分けないと
記者 勿論解かります わかるけどその~
会長 正しいことは二つに分けないと、話ははややこしいですよ
記者 もちろんわかってる 解ってるんですけど(2:40)
会長 じゃあほんとに従軍慰安婦がね、あの韓国だけにあって、
他になかったという証拠がありますか?、そんなことはありえないじゃないですか
記者 だから他の国にもあったということと、どこの国にもあったということは
けっこう違うと思うんですけれども(2:53)
会長 いやいやそんな言葉尻捉えても駄目ですよ、そんなのはねえ貴方、じゃあ行って行って調べてご覧なさいよ、あったはずですよ あったんですよ現実に。
記者 どこの~
会長 無いという証拠もないでしょう?議論するつもりはないけど(3:09)
やっぱりそれでねえ やっぱり従軍慰安婦の問題を色々云々されるとですねえ
やっぱりこれはちょっとおかしいんじゃないかなという気がしますよ、私別に従軍慰安婦良いと行ってないですよ!
記者 判ってます判ってます。
会長 しかしどう思われます?日本だけがやってたように言われて(3:26)
記者 まあ、そのようするに 他の国にもあったということ、どこの国にもあったということというのはあのどこの国にもすべての国にもあったと取られても
会長 戦争しているどこの国にもあったでしょう?ということですよ。じゃあドイツにありませんでした か?3:37 フランスにありませんでしたか?な事無いでしょう?(3:41)ヨーロッパどこだってあったでしょう?じゃあ何故オランダに今頃まだ、飾り窓が有るんですか?
記者分かりました
会長 議論するつもりはありませんが、私がどこでもあったといったのは、世界中くまなくどこでもあったといってるんじゃなくて、戦争してるとこではだいたいそういうものはつきものだったわけですよ。ね?(4:09)証拠があるかと言われたけれども逆に僕はなかったという証拠どこに有るんだと聞きたいぐらいね、
だからこの問題はねえ(4:17)あの僕が一番不満なのは、今韓国がやっているこ
とで一番不満なのは、ここまで言うのは会長として言い過ぎですから、会長の職はさておき、さておきですよこれ忘れないで下さいね、あの韓国は日本だけが強制連行したみたいなこと言ってるから話がややこしいんです、ねえ、だからお金よこせと言ってる訳ですよ、(4:44
保証しろと言ってるわけ、しかしそういうことは全て、日韓条約で全て解決してるわけですよ国際的には、ねえ、解決してるんですよ、それを何故蒸し返されるんですかと、おかしいでしょう?と思いますよ僕は。(5:07
記者 あのいまんとこですけど、あの会長としての職はさておいてといいますけど
ここ会長会見の場なんで、
会長 失礼しました。ッじゃあ全部取り消します。
記者 あのお いやいや 取り消せないですよもう おっしゃったら
会長 いやいや 発表したいんですよ私は、寝、あれだけしつこく質問されたから、私は答えなきゃいかんと思って答えましたが、会長としては答えられませんので、「会長としてはさておき」とこういったわけなんです。
それが会長会見だってだからとりけしますとこういって、とりけせないとおっしゃったら、じゃあさておき、私のさておきはどうなるんですか?そんなこと言ったらまともな会話ができない。じゃあそれノーメントです、ノーメントですといったらそれですんじゃうんじゃないですか、それでいいんでしょうか、いいならそれでいいですよ、今後。
フルバージョン動画はこちら。
2014年1月13日月曜日
「タモちゃん現象とは何なのか」 『月刊WiLL』2009年8月号臨時増刊
タモちゃん現象とは何か
ジャーナリスト 山際澄夫
◇ヒロシマからの手紙
広島市の秋葉忠利市長がとんでもない行動に出た。
八月六日に、広島市のホテルに田母神俊雄前航空幕僚長を招いて行う講演会の日程変更を求めてきたのである。
「(当日は)原爆死没者の霊を慰め世界の恒久平和を祈念する掛け替えのない日」であり、「被爆者や遺族の悲しみをいやが上にも増す結果となりかねない」というのが延期を求める理由という。だが、これはおかしい。
まるで平和を祈念する資格があるのは自分たちだけとでも言わんばかりではないか。市長に「被爆者や遺族の悲しみをいやが上にも増す」と決め付けたり、住民の催す会合に待ったをかけたりする権限があろうはずがない。田母神氏は当然のことながらこの申し入れを拒否したが、これはもう「言論の封殺」と言うべき暴挙である。
講演会は、「日本会議広島」などが主催するもので「ヒロシマの平和を疑う~田母神俊雄氏が語る、広島発真の平和メッセージ」と名付けられている。「緊迫する東アジア情勢の中で、戦争を回避するために何をなすべきか、如何にして平和を守るのかなど真の平和構築の道を提唱する」のが趣旨だという。
「ヒロシマの平和を疑う」といえば挑発的にも聞こえるが、「ヒロシマ、ナガサキ」が、核廃絶を唱え、日本国憲法さえ守っていれば、平和が保障されるかのような欺瞞的な言説を垂れ流す政治勢力に利用されてきたのは周知のことだ。そして彼らのいう「平和主義」に徹してきた結果、気がついてみれば日本は米国に次ぐ軍事大国・中国と新たに核保有国となった北朝鮮に脅かされるようになってしまっているのである。
このようなときに航空自衛隊五万人のトップとして「日本の守り」についていた田母神氏の講演会を開くのはまさに時宜を得た企画と言えるのではないか。田母神氏は「核武装論者」であるが、なぜそう考えるのか。実際に呼んで確かめることは平和の構築を考える何よりの機会になるのではないか。被爆地、広島でこそふさわしい会合と言えるだろう。
会場は五百人以上も収容できるようだが、参加希望者が殺到しているという。だが、被爆を口実に、憲法改正を阻み、日本が「普通の国家」になるのを妨害してきた連中にすればあってはならない講演会ということなのだろう。反核運動に名を借りて日本をおかしくしてきた張本人が旧社会党左派出身の秋葉市長である。秋葉氏は毎夏、偏見に満ちた「平和宣言」を行う。北朝鮮が核実験をした翌年(平成十九年)ですら「米国の時代遅れで誤った政策にはっきりノーと言うべきです」と、北朝鮮や中国の核の脅威には触れずに米国だけを非難したほどだ。
私は、思いがけなく聞いたこのニュースを深い感慨で受け止めた。航空幕僚長を解任されてから八カ月、田茂神氏が日本を戦後の呪縛から解き放ちたいと願う人たちの力となり、左派勢力が真に恐れる存在となっていることを事実として知ったからである。
◇現代のサムライを見た
私が田母神氏に初めて会ったのは靖国神社であった。「仲秋の御神楽の儀」にワックの鈴木隆一社長に連れられて行ったときのことだった。
御神楽は春と秋に拝殿で行われるが、白衣に浅黄や緑の袴をはいた宮司さんや緋袴の巫女さんが琴や笛、太鼓に合わせて、歌い舞って英霊をお慰めするのである。夕刻に始まりとっぷりと暮れるまで、実に静かな幻想的な雰囲気で心が洗われるようなひと時だった。その御神楽に田母神氏も来ていたのである。御神楽が終わって参集殿で行われたちょっとした懇親の席で、田母神氏は参会者を代表してあいさつをされた。
衝撃的な話だった。田母神氏がサムライであるとは人づてに聞いてはいたが、私は気にも留めていなかった。
それは自衛隊に対する多少の偏見もあったからだ。三島由紀夫が言ったように自衛隊は日本国憲法という「国家の不名誉な十字架」を背負っている。
憲法は国を守る存在として自衛隊を明確には認めていない。このように戦後ずっといじめられてきた結果、到底武人の集団ではあり得なくなってしまっているのではないかというのが私の基本的な自衛隊観であった。だが田母神氏は違った。
その夜田母神氏が語ったことは、今も語っていることと全く同じである。
「日本は侵略国家ではない」「A級戦犯などというのは日本には存在しない」。さらに、「首相の靖国参拝についても当然」との認識を示したように思う。
招待客は百人近くもいただろうか。このなかに出来ればマスメディアの関係者などがいないことを願った。中曽根内閣以来、歴史認識で本当のことを言って首を切られた閣僚を新聞社の政治部記者として何度も見てきた。今も「村山首相談話」や「教科書の近隣諸国条項」などでがんじがらめになっているのが日本の政治の現実である。私はそのとき「大丈夫かな。この発言が揚げ足取りの新聞に報じられたら危ないな」と思って周囲を見回したのである。
ところが、それから、しばらく経った昨年十一月初め、田母神氏の論文投稿が問題にされ、解任されたことをニュースで知った。
今度は、私は田母神氏を激励するため鈴木社長と『WiLL』編集長の花田紀凱さんに連れられて、田母神氏がしばらく身を潜めていた都内のホテルに向かった。田母神氏の靖国神社でのあいさつが甦ってきて、いてもたってもいられなかったのである。そこで私は再び心底驚くことになった。田母神氏が辞表を出さずに解任されていたことを知り、また論文投稿について謝罪はしないとの覚悟を固めていたからである。
◇貫き通した信念
例外はあるが、これまで失言問題などで更迭された閣僚はほとんどが謝罪している。
そこそこ、思いの丈は述べても、最終的には「世間を騒がせた」とか、「国会審議の妨げになる」などと弁解して自発的に辞任しているのである。そして辞任後は持論を封印して押し黙ってしまうのが普通である。なかには歴史認識について発言したといっても「村山首相の発言は誤りだ。植民地時代に日本は悪いこともしたが、良いこともした」との記者団へのオフレコ発言をばらされた江藤隆美氏(村山内閣の総務庁長官)のような気の毒なケースもあったが、それでも最終的には「国会の混乱を回避する」ことを理由に自発的に辞任したのである。
歴史認識問題ではないが、有事の法の不備を指摘して統幕議長を解任された栗栖弘臣氏も辞表を書いている。
要するに、歴史問題などで何か言って中国や韓国の反発を招けば、それが正しくても辞任せざるを得ず、辞任するときは心にもない謝罪をするのが大人の態度であるかのような悪しき慣行が出来上がってしまっているのである。
だが田母神氏は断固、謝罪しなかった。
解任後は登庁すら許されず、もちろん恒例となっている離任式すらないなかで、仕方なく防衛省ではなく、時事通信本社で行われた記者会見でも「論文に書きましたように、日本は古い歴史と優れた伝統を持つ素晴らしい国家です。決して侵略国家ではありません。戦後教育による侵略国家という呪縛が国民の自信を喪失させるとともに、自衛隊の志気を低下させ、従って国家安全保障体制を損ねております」と堂々と述べたのである。その後の参院外交防衛委員会への招致でもごうも信念を変えなかった。
田母神氏が辞表も出さず、形式的であっても謝罪を拒否したのは、どう考えても解任が腑に落ちなかったからだった。
〈私は端的に言って「日本はいい国だった」と言ったのだ。すると「日本はいい国だったとは何事だ。政府見解では悪い国になっているのだ」ということで航空幕僚長を解任されしまった〉
〈もし私が謝罪し、反省を表明すれば、「日本は侵略国家である」というプロパガンダに、防衛省内では「それは嘘だ」ということはもう二度と言えなくなってしまうだろう〉(『自らの身は顧みず』ワック)
確かに、「日本だけが侵略国家だと言われる筋合いはない」と述べた論文が政府見解に反するとして問答無用で解任されるなどということがあってはならない。そんなことがまかりとおるなら、もう誰も歴史認識について口にできなくなる。
専門家の間でも侵略の定義には諸説がある。日本を侵略国家と決めつけるのが政府見解というなら正されるべきは政府見解の方であろう。
田母神氏の論文投稿を軽率との批判があった。だが、これまた「高官であればあるほど
国家の重大問題について発言する義務がある」というのが田母神氏の考えであった。
そして田母神氏は今に至るも、いささかもぶれることなく、求められればどこにでも出かけて自らの信念を開陳しているのである。
◇民意とマスコミのかい離
田母神氏に対するマスメディアのバッシングは常軌を逸していた。朝日新聞は「こんなゆがんだ考え方の持ち主が、こともあろうに自衛隊組織のトップにいたとは、驚き、あきれ、そして心胆が寒くなるような事件である」(十一月二日)と社説で書いた。
NHKも『クローズアップ現代』が専ら事件を「軍人の独走」という視点から描いた。 文藝春秋(一月号)は、元防衛相、石破茂氏の「私は彼を信頼していた。一体どこで道をあやまったのか?」との記事を掲載した。マスメディアには田母神氏の主張に耳を傾ける姿勢は全くといっていいほどなかったのである。だが、国民の反応は逆だった。誰もが解任されても節を屈することがなかった田母神氏が何を考えてどんな生き方をしてきたのか。いまの日本の国防体制についてどう考えているのかを知りたがっていたのである。
「タモちゃん現象」という言葉を最初に使ったのは鈴木社長である。田母神氏の独占手記を掲載した『WiLL』(二〇〇九年一月号、十一月発売)が、爆発的に売れ、時間を置かずに出した田母神氏にとって最初の自著となった『自らを顧みず』があっという間に十万部を超すベストセラーとなったからである。
「国防や歴史認識に関する本がこれほども売れることは予想を超えていた。最早、社会現象だ」(鈴木社長)というのがその理由だ。
「タモちゃん」と表現したのは、田母神氏は自衛隊では上司はもちろん同僚、部下からも親しまれてこう呼ばれていたからである。しばしば接してみて分かったのは、田母神氏は単なる愛国者ではない。どんなときにでもユーモアを忘れない関西風に言えば「おもろいおっさん」だということである。
「私が危険人物の田母神です」という決まり文句で始まる講演会はもちろん、私的な席でも他人を面白がらせることを忘れない。
求められるままに講演をこなし、テレビにも各局に繰り返し出演した。
◇国内外で引っ張りだこ
講演の要請は北海道から沖縄まで引きも切らず、田母神氏が行くところ人が殺到した。
十二月から三月までは月二十回平均。四、五、六月はそれが計百回となったという。今も田母神事務所には一日数本の講演要請の問い合わせが入っている。それも最近は参加者の人数が増えているのが特徴で五月の八百五十人が集まった沖縄・那覇では、講演に先駆けてみんなで国家を斉唱、田母神氏の「核武装論」に大きな拍手が沸いたという。沖縄と言えば左翼ばっかりの印象があるが、決してそうではないのである。
海外にも出かけている。三月には米国のロサンゼルス、そして十一月にはニューヨークも予定されている。海外公演は主に現地在住の日本人、日系人を対象に行われるが、ニューヨーク講演ではジュリアーニ前市長らにも参加を打診中という。また同時に、米国で『自らの身は顧みず』の英訳本を出版、共和党の元大統領候補のマイク・ハッカビー氏とフォックステレビで対談することにしている。その後、ロンドン、オーストラリアなどでの講演予定もある。
『自らの身は顧みず』のあと出版も相次ぎ、単著は『田母神塾―これが誇りある日本の教科書だ』(双葉社)『座して平和は守れず―田母神式リアル国防論』(幻冬舎)『自衛隊風雲録』(飛鳥新社)『真・国防論』(宝島社)。
また、渡辺昇一、長谷川慶太郎、勝谷誠彦、潮匡人の各氏らとの対談、共著本が『日本は「侵略国家」ではない!』(海竜社)『この身、死すとも「これだけは言いたい」』(フォレスト出版)『国防論』(アスコム)『自衛隊はどこまで強いのか』(講談社プラスアルファ新)等々、全体では十冊を超えて、なお新刊を準備中という。
そしてこれらのほとんどが版を重ねてベストセラー入りしている。
あまりのことにあの朝日新聞までが、「業界ではタモチャン現象と呼ばれている」(五月三日)などと報じた。こうなると政界もほっとかない。自民党も含め出馬を求める幾つかの話があったという。
こうした社会現象と言われるまでも浸透した田母神人気に神経を尖らせているのは、左翼だけではなく問答無用で解任した浜田靖一防衛相、増田好平次官のコンビも同じかも知れない。
浜田防衛相は、田母神氏に退職金の自主返納を求めたほか、自衛隊を「村山談話で教育する」と語ったが、防衛省は田母神氏の講演会にも介入した。防衛省の関連団体が田母神氏の講演会を開くことについて、それとなく難色を示したりしたのである。
このため、主催者団体名を変更する講演会もあった。今回の広島市の秋葉市長と同じような言論弾圧まがいのことまでしていたわけだ。
◇老若男女からエール
それにしてもなぜここまで田母神氏を支持する動きが広がったのだろうか。
田母神氏自身は「人々は強い人間を求めているのではないか。今のリーダーは事なかれ主義で自己保身ばかり。そのため正しいものを排除する。私は今日まで自分の信念を曲げなかった。思ったことははっきり言ってきたし、いつも自然体でいる。会ってみると危険人物かと思ったら、とてもいい人だった」と笑って言うが、まさに人々は「事なかれ主義」と「自己保身」に汲々とする日本の政治家にうんざりしているのである。政治家は中国や韓国に遠慮して日本の国益を主張することが出来ない。日本の歴史を貶める。そのために日本の首相は英霊たちが眠る靖国神社にすら自由に参拝出来ないのである。
ワックには今も毎日数通の読者カードが届く。すでに段ボール一箱分に達しているが、それをパラパラとめくると、日本の政治に対する憤り、そして田母神氏の発言に対する共感があふれている。
「今どきこんな本を書く人が現れるとは涙が出るほどうれしい。礼節の国ニッポン蘇れ!」(七十代男性青梅市)「時間をかけ何度も何度も繰り返しページをめくりました。泪が出ます」(四十代女性江戸川区)「近代史はよく知らなかったので目からウロコの想いです」(堺市三十代男性)
八十代以上の戦争体験者からの葉書も多い。
「特攻訓練中に終戦となって生きながらえています。ふだん自虐史観のはびこる教育、政界、マスコミに憤懣やるかたなき感情を抱いていました。よくぞ言って下さった。よくぞ書いて下さった」(八十代男性宝塚市)「やっと日本人を見た思いです。平成維新の始まりですね」(八十代男性筑紫野市)
「若い人たちはもっと日本の近代を勉強してほしい。田母神さんよくぞ言って下さった。御礼を申し上げます。日本をよろしく」(八十代男性奈良県田原本町)
そして若い人からはこんな風だった。
「解任のニュースを聞いて戦争を美化するけしからん人だと思った。しかしこの本を読んで日本人がかかっているマインドコントロールに呆れてしまった。日本はちゃんと学校で事実を伝えるべきだ」(十代男性日野市)
「自分の持っていた歴史観ががらりと変化しました。日本の国に誇りを持ってよいと感じられました」(十代女性丸亀市)「私自身も自虐歴史を学んできました。学校では愛国心が育たないことがよく分かります」(二十代女性岩沼市)
『田母神塾』の双葉社と『自衛隊風雲録』の飛鳥新社はそれぞれ五月と六月に都内の書店でサイン会を開いたが、若い人が目立ったという。なかには高校生や追っかけのような女性もいたという。
田母神氏はこうした日本の覚醒を願う人々によって支えられているのである。
◇「日本人の夢」を背負う
ニューヨーク公演の窓口となっている高崎康裕氏は田母神氏を招へいする理由を、「外国にいる日本人は日本人としてのアイデンティティを失っている。それに対して米国人は米国史を中学から高校まで徹底して教えられる。日本人は教えられていないから自国のことを何も語れない。そういうときに田母神さんが登場した。海外の日本人は日本に夢を求めている。それが田母神氏に講演してもらう理由だ」という。
米国では先ごろ、藤崎一郎駐米大使が元米捕虜団体の会合に出席し、日本政府として初めてフィリピン戦での米兵捕虜の扱いについて謝罪した。「村山談話の範囲内」で謝罪したと説明しているというが、サンフランシスコ講和条約で解決済みのことを蒸し返すというなら、それこそ米国による長崎や広島への原爆投下、東京大空襲などの無差別殺人はどうなるのか。また、民主党の鳩山代表は、代表就任後すぐに中国、韓国に対して靖国神社参拝は行わないことを伝えた。政府も野党も相も変わらぬ自虐史観に捕らわれているとき、普通の国民が「日本人は輝かしい歴史を取り戻すべきだ」と語る田母神氏に拍手を送るのは自然の成り行きだろう。
「靖国の英霊は犬死にじゃない。日本人が死んで人種平等の世界がきた。あの人たちが戦ってくれたからだ。英霊に感謝すべきだ。
戦犯、戦犯というけど、戦犯が巣鴨にいるころに長谷川一夫や渡辺はま子など映画俳優や歌手らが慰問にいった。今で言えばキムタクや藤原紀香が行っているようなものだ。私は現役の時にも制服で靖国参拝を続けてきた。政治家はもっと靖国神社の話をすべきだ」
どこの講演でもこんなセリフがすらすらと飛び出し参会者を感銘させるのが田母神氏である。しかも現役として中国を訪問した時にも、中国軍人に大東亜戦争は侵略戦争ではなかったと堂々と反論している。もともと不器用と思えるほどの言行一致の人なのである。
田母神氏は最近、ある席で「自分は今が一番いいと思っている。悪くなっても殺されることはないと。そう思うと人間強くなれる。マイナス思考じゃカミサンに太刀打ちできない」と語った。だが、一時は「夫婦のたれ死に」を覚悟したと言うように、解任されて以降の日々は並大抵のことではなかったはずだ。
◇「新しい地平」を切り拓く
後を振り返ることなく走りぬいてきた田母神氏は今後どう歩むのか。
『自衛隊風雲録』の最後を田母神氏はこう結ぶ。〈私を支持して下さった皆様にお返しする方法はないか、と考えている。具体的には、松下政経塾には及びもつかないが、フェイス・トウ・フェイスの講座を通して、青少年の愛国心の涵養や、日教組の自虐教育で歪められた真の日本の歴史の復興に役立てることは出来ないかと考えている。「老兵は消え去るのみ」などと気取っているわけにはいかない〉
どうやら「タモちゃん」は、日本に新しい地平を切り拓く覚悟のようだ。そうであるなら、私たち田母神ファンも田母神氏を無慈悲に切り捨てた麻生太郎首相、浜田靖一防衛相、さらには朝日新聞などの反日メディア、そして今また、言論封鎖の挙に出た広島市市長にもよくやってくれたと感謝すべきなのかも知れない。
彼らこそが田母神氏に断固闘いぬく決意を固めさせてくれたとも言えるからだ。
(二〇〇九年八月十五日 『月刊WiLL』臨時増刊田母神俊雄全一巻)
※ 都知事選では田母神としおさんを応援しています。タモさんの公式サイトです。
2013年12月30日月曜日
安倍総理靖国参拝緊急応援ツイッターデモ!(靖国参拝ありがとうございます)

①YouTube:
②ニコ動:
武士道.JPN @Bushido_Jpnさんがまとめてくれました。
〇まとめです(書き込みログ)。
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